2009年6月1日月曜日

サンパウロC級グルメ探訪


カイエイラスのビール

この連載の第1回目で取り上げたフランコ・ダ・ホッシャに隣接してカイエイラスという町がある。サンパウロ中心部より北に24キロ、緑の多い小さな町だ。

サンパウロから同地までは、鉄道を利用することができる。日本では昭和の頃まで活躍したが、今では存在が稀となった吊り掛け駆動の電車がこちらでは健在で、低い、唸るような釣り掛けモーターの音を轟かせ、サンパウロの商工業地帯から住宅地域にかけて快走する。

やがて勾配にさしかかり、景色は森林の濃緑に一変する。山間にへばりつくようにひしめくファベーラが出現し、丘陵に散在する集落を縫うように電車は走る。車内は混血、黒人系が多くを占め、大きな買物袋を抱えた夫婦や親子らがおしゃべりしている。菓子や飲料、文具などを携えた物売りが大きな声を張り上げ、行き来する。

カイエイラスへ向かう鉄道には、変化に富む車窓に加え、かつての日本に見られた人々の生活臭が感じられる空間があり、ささやかながら旅気分を味わえる。

カイエイラス駅から丘陵伝いに歩くこと40分、ひときわ高く盛り上がった丘の上に小さなロータリーがあり、バスの終着地となっている。周辺には4,5階建ての簡素な団地が十数棟建っている。サンパウロ市の住宅政策にシンガプーラ・プロジェクト(Projeto Cingapura)と呼ばれる、ファベーラの低層住宅を撤去後に集合住宅を建設し、生活インフラや公共施設を整備した居住環境改善プロジェクトがある。シンガポールの政策に範をとったことからこの名がつく。

つまり、ノバ・エーラと呼ばれるこのあたりはかつてのファベーラであり、一部の区域には未だにファベーラが残っている。

ロータリーの周囲には数軒の小屋が並んでいる。ハンバーガー屋、サウガード(肉類を詰めた揚げ物)屋とともに小さなスタンドバーがある。店には飲み物のほかに何も置いていない。オズマールとテレジーニャという中年夫婦が店をやっている。

ビールを一本注文し、小屋に隣接する石造りのテーブル席に腰かけ、コップに注いだビールを呑む。坂道を汗水流して登り切った後のビールはとても美味い。この席からの眺望は素晴らしく、眼下にはこんもり茂る森林と、緑にうずまるように点在する集落、そしてゆるやかな段々となって視界の彼方まで連なる丘陵が一望できる。

何度かこの場所を訪れるうち、住民達と顔見知りになった。サッカーの試合がある日などは、彼等は備え付けの小さなテレビにかじりついてひいきチームを応援する。例外はあるが、サンパウロの低・中所得者層のひいきはやはりコリンチャンスだ。

私は別にコリンチャンスのファンではなかったが、一緒に応援する方が面白いと思い、コリンチアーノ(コリンチャンスのファン)のふりをしていたが、必死というか、一種常軌を逸するほどの熱狂的声援を送る連中に感化されて、いつしかこのチームが好きになっていった。

今年の4月、サンパウロ選手権の決勝戦の時にもノバ・エーラを訪れた。スタンドバーのテレビに集まる連中は全てコリンチアーノだ。

相手陣内のゴール際で互いの選手が交錯し、コリンチャンスにペナルティキックが与えられる。コリンチャンスの選手が冷静にゴールを決める。誰彼となく互いに抱き合ってゴールを喜ぶ私達。やがて試合が終了し、コリンチャンスの優勝が決まる。集まった10人ほどの連中は思い思いに雄叫びを上げて喜びを表現し、そして応援歌を歌い始める。1曲、2曲、3曲と応援歌は続く。私も歌を知らぬなりに調子を合わせて、喜びのおすそ分けをいただく。皆のコップにビールが注がれ、乾杯の掛け声とともに、薄い黄金色に輝く液体を全員が美味そうに喉に流し込んだ。



山の中。すでに陽は沈み、大地に接する空が茜色の輪郭をぼんやりとなぞり、上空の月が細い山径を照らすほかは周囲の木々は黒い陰となっている。暗い、人通りの絶えた径をひとり下る。

ふと立ち止まり、暮れなずむ山々を見渡す。遠い山腹に人家の明かりがきらめいている。心に沁みる静謐の情景。月明かりにうっすらと浮かび上がる径をふたたび歩き始める。フランコ・ダ・ホッシャへとその径は続く。

Nova Era, Caieiras
ビール Nova Schin ボトル 2.5レアル

カイエイラス駅からノバ・エーラ行のバスも出ている。但し治安面には十分注意のこと。
(まがみ隆一)

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